東京地方裁判所 平成7年(行ウ)21号 判決 1996年12月12日
東京都世田谷区成城三丁目一三番二四号
原告
田中晋平
右同所
原告
田中直
右同所
原告
田中雅子
右三名訴訟代理人弁護士
物部康雄
東京都世田谷区若林四丁目二二番一四号
被告
世田谷税務署長 松原廣司
右指定代理人
前澤功
同
堀久司
同
庄子衛
同
南幸四郎
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告らに対し平成四年三月一三日付けでした昭和六一年分贈与税の決定及び無申告加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、平成四年三月一三日、原告らに対し、原告らの昭和六一年分贈与税について、それぞれ課税価格を三二〇〇万円、贈与税額を一七四六万五〇〇〇円とする各決定(以下「本件課税決定」という。)及び無申告加算税一七四万六〇〇〇円を賦課する旨の各決定(以下「本件賦課決定」といい、本件課税決定と併せて「本件各決定」という。)をした。
2 原告らは、平成四年五月七日、被告に対し、本件各決定につき異議申立てをしたが、同年七月二日付けで棄却されたため、同月三一日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、これも平成六年一一月二九日付けで棄却された。
3 しかしながら、本件課税決定には、原告らが贈与ないし利益の移転を受けた事実がないのにされた違法があり、本件課税決定を前提とする本件賦課決定も違法であるから、原告らは、本件各決定の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の事実は認める。
2 同3は争う。
三 抗弁
1 原告らの贈与税納税義務
(一) 原告らの父田中進作(以下「進作」という。)が代表取締役をしているタナシン電機株式会社(以下「タナシン電機」という。)と高北農機株式会社(昭和六三年一月一日、株式会社タカキタに商号変更。以下「高北農機」という。)は、昭和六一年一〇月二一日、相互の関係強化を図るため、高北農機の第三者割当増資を行うこと等を内容とする協定を締結し、高北農機は、同月二四日開催の取締役会において、発行新株式数を額面株式(一株につき五〇円)五七六万株、発行価額を一株につき二八五円、申込期日を昭和六一年一一月一八日、払込期日を昭和六一年一一月一九日、割当方法を進作に三〇〇万株、タナシン電機に二七六万株とする新株発行に関する決議を行い(以下、右決議に基づく増資を「本件増資」といい、本件増資に係る株式を「本件新株」という。)、同年一一月四日、右決議事項を公告した。
(二) 原告らは、昭和六一年一一月一八日、それぞれ三和銀行から借り受けた金員のうち二億八五〇〇万円ずつ(合計八億五五〇〇万円)を本件新株三〇〇万株の申込証拠金(新株式払込金)として進作名義で南都銀行の「高北農機株式申込証拠金」口座へ送金し、その結果、それぞれ本件新株一〇〇万株ずつを取得した。
(三)(1) 進作は、本件増資に係る三〇〇万株の本件新株の引受権(以下「本件新株引受権」という。)を原告らに対し各一〇〇万株ずつ贈与したものであり(以下「本件贈与」という。)、右贈与は、原告らが本件新株引受権を行使して申込証拠金を払い込むことにより、その履行が終了し、取り消し得なくなったというべきであるから、原告らが申込証拠金を送金した時が本件贈与の時期である。
(2) 仮に、本件贈与が認められないとしても、原告らは、進作の本件新株引受権に基づいて、右(二)記載のとおり、申込証拠金(新株式払込金)を支払い本件新株一〇〇万株ずつを取得したものであり、対価の支払なくして、当該株式の時価と払込金額との差額分相当の経済的利益を享受したことは明らかであるから、相続税法九条により、原告らは、右利益の価額(本件新株引受権の価額と同じである。)に相当する金額を進作から贈与により取得したものとみなされるというべきである。
2 本件各決定の適法性
(一) 各贈与税の課税価格
原告らがそれぞれ本件贈与により取得した本件新株引受権一〇〇万株にその一株当たりの価額三二〇万円を乗じた金額であり(相続税法九条の対象となる原告らが受けた利益の価額に相当する金額も同じである。)、本件新株引受権一株当たりの価額の算出過程は、次のとおりである。
本件新株引受権の価額は、相続税財産評価の一般的基準として定められた相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七(平成二年八月三日付け直評一二、直資二-二〇三による改正前のもの)。以下「評価通達」という。)によって評価すべきところ、本件新株引受権は、評価通達一六八(5)に規定されている「株式の引受による権利」に該当するので評価通達一九一(2)に基づいて評価することとなるが、評価通達一九一(2)によれば、本件新株の引受による権利の価額は、本件新株が上場株式であることから、その株式の引受により権利の発生している株式について、上場株式の評価(通達一六九)の定めにより評価した価額に相当する金額(課税時期の翌日以後払い込むべき金額がある場合には、これを控除した金額)によって評価することとなる。
そして、評価通達一六九によれば、上場株式の価額の評価は、当該株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前三か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額によって評価することとなるところ、本件新株については、課税時期である昭和六一年一一月一八日の最終価格は八〇八円であり、同年一一月、同年一〇月及び同年九月の毎日の最終価格の平均額は、それぞれ九四二円、四九一円、三三五円であるから、本件新株の引受による権利の価額は、右のうち最も低い三三五円から払い込むべき二八五円を控除した五〇円となる。
ところが、本件増資は、増資前の発行済株式総数の五六・二五パーセントに相当する多量の新株発行であり、しかも本件新株につき払い込むべき金額(二八五円)が本件新株の引受申込日(昭和六一年一一月一八日)の最終価格(八〇八円)に比して著しく低額であって、右新株発行の効果として一株当たりの株式の価額が下落することが考えられることから、評価通達一七二(4)を準用して修正した金額を算出すると、次の算式のとおり、本件新株の評価額は三一七円となり、本件新株の引受による権利の評価額は右三一七円から払い込むべき金額二八五円を控除した三二円となる。
(335円+285円×0.5625)÷(1+0.5625)=317円
(二) 納付すべき各贈与税額 一七四六万五〇〇〇円
原告らが納付すべき各贈与税(以下「本件贈与税」という。)の額は、いずれも右(一)の課税価格から相続税法二一条の五により基礎控除額六〇万円を控除した三一四〇万円に、同法二一条の七(平成四年法律第一六号による改正前のもの)に規定する税率を適用して算出した金額である。
(三) 各無申告加算税額 一七四万六〇〇〇円
原告らが本件贈与税の申告をしなかったことにより課されるべき無申告加算税の額は、いずれも国税通則法六六条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)により、本件課税決定により原告らが納付すべき税額一七四六万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した金額である。
(四) 本件各決定の適法性
本件各決定に係る税額はいずれも右(二)、(三)と同額であるから、本件各決定は適法である。
四 抗弁に対する認否及び原告らの主張
(認否)
1 抗弁1(一)の事実は認める。
2 同1(二)の事実は認める。ただし、借入れ及び送金は、全て進作が原告らのために行ったもので、原告らは直接関与していない。
3 同1(三)の(1)、(2)は争う。
4 同2(一)のうち、原告らの各課税価格及び本件新株引受権一株当たりの価額は争うが、高北農機の株式の昭和六一年一一月一八日の最終価格及び同年九月ないし一一月の毎日の最終価格の各月ごとの平均額が被告主張のとおりであること、被告引用の評価通達の各内容は認める。
5 同2(二)ないし(四)は争う。
(主張)
1 進作と高北農機の代表取締役杉山直(以下「杉山」という。)は、昭和六一年四月ころから、業務提携及び資本提携についての話を進めていたところ、進作は、当初から、本件新株を原告らに取得させる意図を有しており、同年一〇月一六日、杉山との間で、本件新株のうち三〇〇万株については原告らが一〇〇万株ずつ引き受けるものとするが、原告らが未成年者であるため、対外的配慮から原告らへの割当は書面上進作の名義とすること(そして、その株式は当分の間進作の名義で所有すること)が最終的に合意され、これを受けて、同月二一日、タナシン電機と高北農機との間で第三者割当増資に係る協定が締結されたものである。右のとおり、本件増資において、進作に対し割り当てられた本件新株三〇〇万株は、あくまで高北農機の体面を保つために形式的に進作名義とされたもので、真実は原告らに一〇〇万株ずつ割り当てられ、これに基づき原告らがそれぞれ本件新株を引き受けたのであって、そもそも本件新株引受権は進作に帰属したことがなく、したがって進作から原告らへ本件新株引受権が贈与され、あるいは移転するということはあり得ない。
2 仮に、本件新株三〇〇万株の割当が一旦進作に対してされたとしても、右割当の決議の前から、原告らが本件新株を取得するために必要な銀行からの借入手続が開始され、右決議の当日には、進作が原告らの右借入れについて銀行に保証書を差し入れていることからすると、本件新株引受権は、右割当の決議と同時に原告らに移転しているというべきであり、そうだとすれば、進作に対し適正な価格で割り当てられた本件新株について、原告らがその発行価額を払い込んで本件新株を取得したとしても、それが税法上贈与になるいわれはない。
3 仮に、進作から原告らへ本件新株引受権の移転があったとしても、本件新株を取得するためには、原告らにおいて各自二億八五〇〇万円という高額の払込金の支払義務を負担することとなるものであるから、その取引は無償ではなく、これを単純に贈与ということはできない。また、被告の主張によっても本件新株の時価(三一七円)と払込金額(二八五円)との差額は僅か三二円であり、この程度の差額があることは、みなし贈与の要件としての「著しく低い価額」に該当しないことは明らかであり、本件新株引受権の移転をとらえて、相続税法九条にいう「著しく低い価額」による財産の譲渡ないし利益の供与に当たるということもできない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 本件においては、原告らが本件増資に伴い本件新株一〇〇万株ずつを取得したことは当事者間に争いがないから、まず右新株取得の経緯についてみるに、抗弁1(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、成立に争いのない甲第四号証の一ないし三、原本の存在と成立に争いのない乙第一号証、第一〇号証、第一一号証の一、第一二号証、第一四ないし第一七号証、証人百瀬洋の証言により原本の存在と成立の真正を認める甲第二号証(後記採用しない部分を除く。)、弁論の全趣旨により原本の存在と成立の真正を認める乙第二ないし第六号証、第七号証の一、二、第八号証(乙第五号証、第八号証については、官公署作成部分につき原本の存在と成立に争いがない。)、証人百瀬洋、同田中進作の各証言(いずれも後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 高北農機は、東京及び名古屋の各証券取引所二部に株式を上場している会社であるが、昭和六一年当時業績不振の状態にあり、杉山の要請を受けた日本勧業角丸証券株式会社の企業開発部門を担当していた百瀬洋の仲介で、進作のもとに業務提携ないし資本参加の話が持ち込まれ、同年四月ころから、杉山と進作との間で、交渉がもたれた。進作は、同族会社であるタナシン電機の全株式を実質的に支配し、その代表取締役を務めている者で、右高北農機との提携に関し、タナシン電機側からは進作のみがその交渉に当たった。右交渉の結果、昭和六一年九月ころには、進作と杉山との間で、タナシン電機側が七〇〇万株の高北農機の株式(本件増資後の発行済株式総数は一六〇〇万株)を所有することが合意されたが、高北農機の授権資本枠の残りが五七六万株しかなかったため、新株発行によって賄い切れない残り一二四万株はタナシン電機側が他から株式を購入することで了解されるに至った。
2 そして、タナシン電機と高北農機は、昭和六一年一〇月二一日、タナシン電機及びその関係者が高北農機に資本参加するについての協定を締結し、タナシン電機は高北農機の経営権を尊重すること、タナシン電機及びその関係者は第三者割当増資五七六万株を買い受け、その他より取得の一二四万株と合計した七〇〇万株を取得すること、第三者割当増資分については長期保有を前提とすることなどを定めた協定書(以下「本件協定書」という。)を取り交わした。
3 高北農機は、昭和六一年一〇月二四日開催の取締役会において、発行新株式数を額面株式(一株につき五〇円)五七六万株、発行価額を一株につき二八五円、申込証拠金を一株につき二八五円とし、払込期日に新株式払込金に振替充当する、申込期日を昭和六一年一一月一八日、払込期日を昭和六一年一一月一九日、割当方法を進作に三〇〇万株、タナシン電機に二七六万株とする本件新株の発行に関する決議を行い、同日、東京証券取引所及び名古屋証券取引所に右決議に係る第三者割当増資概要書を提出した。右概要書には、割当先の概要(個人)として、進作の氏名、住所等が記載され、「発行会社との関係」欄には、本件増資により、進作が発行会社の筆頭株主になる旨記載されている。その後、同年一〇月二八日、高北農機は、証券取引法二四条の五第二項などに基づき、本件増資に係る臨時報告書を東海財務局に提出し、同年一一月四日、本件増資に関する前記取締役会決議事項を公告した。なお、右財務局に提出された報告書にも、本件新株を取得しようとする者として、進作が三〇〇万株、タナシン電機が二七六万株と記載されている(なお、本件増資後には、主要株主に異動があったとして、進作及びタナシン電機の所有株式数などを記載した臨時報告書が東海財務局に提出されている。)
4 他方、進作は、かねてより、将来の相続に伴う税負担のことを考え、本件新株のうち三〇〇万株を子供である原告らに各一〇〇万株ずつ取得させるつもりであったことから、原告らの新株払込資金に充てるために、原告らの名前で三和銀行から手形借入れを行うこととし、昭和六一年一〇月二四日、原告らが同行との取引により負担する一切の債務につき、父進作と母昭子が連帯保証債務を負う旨の保証書を差し入れた。そして、同年一一月一八日、原告らの名前で三和銀行から各三億二五〇〇万円ずつの手形借入れが実行され、原告らの各普通預金口座に右借入金が振り込まれた上、同日、それぞれの普通預金口座から二億八五〇〇万円ずつ(合計八億五五〇〇万円)が別段預金に振替出金され、本件新株三〇〇万株の払込金額八億五五〇〇万円として進作名義で三和銀行から南都銀行の「高北農機株式申込証拠金」口座に送金されるとともに、本件新株三〇〇万株を引き受けたく申込証拠金を添えて申し込む旨の進作名義の株式申込書が提出され、南都銀行は、進作に対し、本件新株三〇〇万株の申込みを受け付けた旨の株式申込受付票を発行した。
5 当時、原告晋平は一九歳で大学を中退後、職業に就いていなく、原告直は一七歳で高校生、原告雅子は一二歳で中学生であって(三名ともタナシン電機とは資本的にも経営の面でも特段の関係をもっていなかった。)、本件新株の取得のための右手続や資金の借入れについては一切関与しておらず、それらの手続等は全て進作が行ったものであるが、その結果、原告らは、それぞれ進作名義で本件新株一〇〇万株ずつを引き受け、払込期日の翌日である昭和六一年一一月二〇日、右株式を取得した。進作は、同月二五日、高北農機から本件新株三〇〇万株の株券の交付を受け、当該株式の名義人としてこれを受領したが、進作と原告らとの間には、同日付けで、本件新株一〇〇万株については、当分の間、進作の名義を使用するが、実際の権利者は各原告であり、その権利義務は各原告に帰属する旨の覚書及び各原告は進作から本件新株一〇〇万株を受領した旨の受領書が作成されている。
6 ところで、本件新株の発行価額二八五円は、決定日前一年間(昭和六〇年一〇月二四日から昭和六一年一〇月二三日まで)の東京証券取引所における最終価格の平均額三一三円八〇銭から九・一七パーセントを減額したものであったが、高北農機の株価の推移をみると、昭和六一年九月の毎日の最終価格の平均額は三三五円であったのが、同年一〇月のそれは四九一円、同年一一月のそれは九四二円と上昇傾向を示し、原告らが本件新株を引き受け、その払込金額を送金した同年一一月一八日の最終価格は八〇八円であって(昭和六一年九月ないし一一月の右平均額、同年一一月一八日の最終価格については当事者間に争いがない。)、この時点では、本件新株の発行価額と株価との間に相当の開きがあった。
その後、本件新株三〇〇万株の株主名簿上の名義人は進作のままであったが、平成二年になって原告らの名義に書き換えられた。なお、原告らが本件新株の払込資金として借り入れた金員は、昭和六二年八月、進作が原告らから高北農機の株式(本件新株とは別に他から購入した分で、原告らの所有となっていた株式一八万五〇〇〇株ずつ)を当時の市場価格である一株一九二〇円で購入し、その代金で返済された。また、平成七年秋ころには、原告晋平及び原告雅子の所有する本件新株のうち合計約一四〇万株を進作と妻が一株九〇〇円前後の価格で購入している。
三 右認定した事実からすれば、高北農機は、本件増資に当たり、タナシン電機との資本提携及び業務提携の見地から、タナシン電機に二七六万株、その代表取締役である進作に三〇〇万株を割り当てることとし、その旨の取締役会議決を行い、法定の届出書等にもその旨記載して、本件新株の発行手続を進めていたものであって、本件増資における本件新株三〇〇万株の割当先は名実ともに進作であったというべきところ、進作は、原告らに本件新株を取得させるために、進作名義を用いて原告らにこれを引き受けさせたものということができる。
この点につき、原告らは、本件新株三〇〇万株の割当先を原告らとすることは当初から杉山が了解していたものであり、高北農機の取締役会で三〇〇万株の割当先とされたのは原告らであって、進作は単に名義を貸したにすぎない旨主張し、前掲甲第二号証(百瀬洋の申述書)、証人百瀬洋、同田中進作の各証言中には、これにそう記載及び証言部分がある。しかしながら、右記載及び証言部分は、次の1ないし4の理由から、にわかに採用することができない。
1 本件増資に関する話し合いは、専ら進作と杉山との間で進められ、原告らはこれに全く関与しておらず、高北農機が本件新株を原告らに割り当てることについて具体的にどのような検討をしたのか明らかでないし、もともと、財政再建、業務拡大を企図してタナシン電機と提携することとした高北農機にとっては、一二歳の中学生を含む未成年者である原告らよりも、タナシン電機の代表取締役である進作に株主となってもらう方が、経営上及び信用上有利であると考えるのが通常であるのに、敢えて原告らへの割当を決定したとするのは不自然である。
2 昭和六一年一〇月二四日の取締役会議事録(前掲乙第二号証)には、本件新株三〇〇万株を進作に割り当てる決議がされた旨記録されており、本件全証拠を検討しても、右本件増資を決議した取締役会において、取締役らが、その真実の割当先が原告らであることを認識し、あるいは了解していたとの事実を窺わせる資料は存在しない。
3 新株の割当先をどこにするかは提携関係に入ろうとする会社等にとって重要な事柄であり、しかも本件においては、親子の間でまで、本件新株の名義使用に関する覚書などを作成し周到な処置をしているほどであるのに、進作(ないしタナシン電機)と高北農機との間には、進作が単なる名義だけで、真の割当先は原告らであることを示す文書が一切取り交わされていない。
もっとも、証人百瀬洋及び同田中進作は、本件協定書に本件新株はタナシン電機及びその関係者が買い受けるとあり、その「関係者」とは、原告らのことを指した記載であると証言する(甲第二号証にも同趣旨の記載がある。)。しかし、本件協定書は、会社同士の合意文書であるから、もし真に原告らを割当先とする合意が成立していたとすれば、その旨記載されてしかるべきであるし、仮に第三者に提出するため記載できなかったというのであれば、むしろその割当先を進作と記載するのが自然であって、単に「その関係者」と記載されたのは、文字どおり進作や幹部社員を含めたタナシン電機の関係者という趣旨と理解するのが自然であり、本件協定書の右記載から当然に本件新株の真実の割当先は原告らであったと認めるわけにはいかない。
4 なお、前記申述書の記載及び証人らの証言は、進作と杉山との間で、本件新株の割当先を名義だけは進作とするが、その真の割当先は原告らとすることについて、具体的にどのようなやりとりがあったのか、その内容が具体性を欠いている。
以上のとおり、前記申述書の記載部分及び証人らの証言部分は採用することができず、真作への本件新株の割当が単なる名義だけであって、真実は原告らに対して割り当てられたものである旨の原告らの主張は失当である。
四 被告は、原告らは対価の支払なく本件新株の時価と払込金額との差額分相当の経済的利益を享受したものであるから、相続税法九条により、その利益の価額に相当する金額を贈与されたものとみなされる旨主張するので、まずこの点について検討することとする。
1 相続税法九条は、法律的には贈与によって取得したものとはいえないが、そのような法律関係の形式とは別に、実質的にみて、贈与を受けたのと同様の経済的利益を享受している事実がある場合に、租税回避行為を防止するため、税負担の公平の見地から、その取得した経済的利益を贈与によって取得したものとみなして、贈与税を課税することとしたものである。
これを本件についてみるに、前示のとおり、高北農機は、取締役会決議をもって、進作に対し、本件新株三〇〇万株を割り当てることとしたものであるから、これにより、進作は、所定の方法で引受の申込みをすることによって、本件新株を発行価額で取得し得る地位(第三者割当による新株発行の場合には、株主割当の場合と異なって、取締役会の決議だけでは、当該第三者が当然に新株引受権を取得するものではないと解されているが、前記に認定したような本件増資に至る経緯からすれば、進作がその引受の申込みをすることにより、進作が本件新株を取得することになることは当然に予定されていたものであり、進作の右地位は、広い意味においてはこれを一種の新株引受権とみることも可能である。)を得たものであり、当該株式の時価が発行価額を上回るものであれば、その差額相当分の利益を得ることとなるということができるところ、進作は、自ら引受の申込みをせず、本件新株を原告らに取得させるために、原告らの借入金を用いて、進作の名義で原告らに本件新株を引き受けさせ、原告らは本件新株を取得するに至ったものであるから、これによって、進作は、結局のところ、本件新株を引き受けたとすれば取得するであろう当該株式の時価とその発行価額との差額に相当する経済的利益を失い、他方、原告らは、進作の名義で本件新株を引き受けたことにより、何らの対価の支払なくして右の経済的利益を享受したものということができ、その間に実質的に利益の移転があったことは明らかであるから、原告らは、その利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額を進作から贈与により取得したものとみなす(相続税法九条)のが相当である。
2 原告らは、進作に対し適正な価格で割り当てられた本件新株を、原告らがその発行価額を払い込んで取得したとしても、それが税法上贈与になるいわれはない旨主張する。しかし、本件において、原告らが対価の支払なくして受けた利益は、本件新株の時価とその発行価額との差額相当分であり、現実に原告らが対価の支払なくしてその差額相当分の経済的利益を享受した以上(仮に、株式の時価と発行価額との間に差がなければ、課税関係が生じないことはいうまでもない。)、進作から原告らへ実質的に利益の移転があったものとして、相続税法九条により贈与税の対象となるというべきである。
3 また、原告らは、被告の主張によっても本件新株の時価(三一七円)と払込金額(二八五円)との差額は僅か三二円であるから、この程度の差額があることは、みなし贈与の要件としての「著しく低い価額」に該当しない旨主張するが、原告らは、前示のとおり、本件新株の時価とその発行価額との差額分相当の利益を受けたものであり、右利益の取得につき何らの対価を支払っていないことは明らかであるから、本件においては、「著しく低い価額」の問題ではなく、「対価を支払わないで」利益を受けたものとして相続税法九条のみなし贈与の対象となるのであって、原告らの右主張は理由がない。
五 そこで、原告らが受けた右利益の価額について検討するに、右利益は、原告らが進作名義で本件新株を引き受けたことにより生じたものであるから、原告らが受けた利益は、本件新株の引受の申込みをした昭和六一年一一月一八日における当該株式の時価と本件新株の発行価額との差額に相当する金額とみるべきであるところ、右利益の価額は、その実質において評価通達に定める新株の引受による権利の価額と異なるところはないから、右権利の評価に準じてこれを評価するのが相当である。
ところで、被告主張の評価通達の内容については当事者間に争いがなく、評価通達一九一(2)、一六九によれば、本件新株の引受による権利の価額は、上場株式の評価の定めにより評価した価額に相当する三三五円(上場株式の時価を評価するに当たっては、証券取引所における取引価格がそのときどきの需給関係に左右され、日々値動きする性格を有していることに鑑みれば、ある一時点における株価だけを基準として評価するのは適切でなく、ある程度の期間における取引価格の実勢をも踏まえて評価するのが相当であるところ、前示のとおり、高北農機の株式の昭和六一年一一月一八日の最終価格、同年九月ないし一一月における毎日の最終価格の各月ごとの平均額については当事者間に争いがないから、その株式の価額はそのうちで最も低い三三五円となる。)から払込金額二八五円を控除した五〇円となるが、本件増資により事実上株式の価額が下落するという影響を考慮して、右上場株式の評価の定めにより評価した三三五円に評価通達一七二(4)に準じて修正を加えると三一七円となり、結局、本件新株の引受による権利の価額は、右三一七円から払込金額二八五円を控除した一株当たり三二円と評価するのが相当である。
したがって、原告らが受けた利益の価額は、それぞれ右一株当たりの価額三二円に一〇〇万株を乗じた三二〇〇万円とするのが相当である。
六 そうすると、本件贈与の有無について検討するまでもなく、原告らは、各三二〇〇万円を贈与により取得したものとみなされることとなり、原告らの昭和六一年分贈与税の課税価格は各三二〇〇万円となるから、これに当時施行の相続税法の各規定を適用して算出した本件相続税は一七四六万五〇〇〇円となり、これと同額の本件課税決定は適法である。また、本件賦課決定は、右納付すべき税額に当時施行の国税通則法を適用して算出された額の無申告加算税を賦課したものであって、適法である。
七 以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)